富山市呉羽町出身の東関脇・朝乃山が、3月22日の春場所千秋楽で東大関・貴景勝を押し倒し11勝4敗で場所を終えた。大関昇進の目安「直近3場所で33勝」には1勝足りないが、右を差し左上手を取る得意技「右四つ」をはじめ正攻法の相撲内容が評価され、大関昇進が確実となった。今日25日の臨時理事会において全会一致で正式に承認された。
富山出身の大関は、朝乃山と同じ呉羽町出身の元横綱・太刀山(たちやま)以来111年ぶりとなる。新型コロナウイルスの感染拡大により、無観客で行われた異例の春場所だったが、令和初の新大関の誕生は、県内外に明るいニュースをもたらした。千秋楽当日、大関昇進が懸かった一番を待ちわびる朝乃山の地元を訪ねた。
歩行者やドライバーの目を引くカラフルなのぼり旗
富山市中心市街地から高岡方面へと向かう道中、「富山市ファミリーパーク」(富山市古沢)付近にユニークなエリアが突如、出現する。畑の一角に10メートルを超えるカラフルなのぼりが立ち並び、朝乃山の似顔絵と共に「一生懸命」「磨励自彊(まれいじきょう)」という四字熟語が風ではためく。赤い化粧まわしを付けた愛嬌(あいきょう)あふれる朝乃山のパネルや、ちょっぴり唇が厚めで足が短くなってしまった木彫りの朝乃山、ユニークなトーテムポールなども配置した朝乃山激励スポットともいうべき場所だ。
ホタルと共に交通安全の注意喚起を促す朝乃山パネル
目分量で彫っていったため、足が短くなってしまったという木彫り朝乃山
一時、朝乃山本人が、自身を模した木彫りをSNSのアイコンにしていたこともあり、ファンの間では聖地として知られている。地元の自治会長であり、「富山を楽しくする会」事務局長の長谷川敏博さんが仲間と共にこの地を作り上げた。
「いずれ横綱になってもらいたいという思いで、3月頭に新しいのぼり旗を作成した。朝乃山が所属する高砂部屋の横綱土俵入りの型が『雲竜型』と聞き、縦4メートル40センチ、横2メートル40センチの白布に、雲竜型の朝乃山を1週間かけて描いた。のぼりにするため、仲間と一緒に裏山から12メートルの竹をせっせと運んできた」。ピンクののぼりに描かれた歌舞伎の隈取(くまどり)のような朝乃山については、「元々がかわいらしい顔をしているので、赤く燃えているような迫力のある表情にした」と長谷川さんは話す。
朝乃山の好きな色だというオレンジののぼりに刻まれた「一生懸命」は、朝乃山の座右の銘。長谷川さんが選んだ「磨励自彊(まれいじきょう)」という四字熟語は、「大いに修行して、みずから努めはげむ」という意味がある。「愚直発(ぐーちょきぱー)」という造語は、「愚直にパーッと発奮してほしい」という願いを込めた。
県警OBにして、朝乃山のぼり作成のエキスパートである長谷川さん
元々、警察官だった長谷川さんは現職時代から手先が器用で、署の玄関に四季折々の工作を飾っていたという。朝乃山が本名「石橋広暉(ひろき)」として活躍していた近畿大相撲部の頃から、「地元出身の未来の横綱を応援したい」とのぼりを作るようになった。「絵心は特に無かった」と長谷川さんは謙遜するが、ダイナミックにチェーンソーを使い、1本の木から未来の横綱を彫り出すセンスはだてではない。新作「富山ご当地スターのトーテムポール」は、朝乃山だけではなく、八尾出身のタレント・柴田理恵、奥田出身の米プロバスケット選手・八村塁もお目見えする。トップの部分の八村選手はダンクシュートまで決めており、思わず「芸が細かい」とうなってしまう。
富山ご当地スターのトーテムポール。頭上では八村塁がダンクシュート!
朝乃山は2016(平成28)年春場所で初土俵を踏み、2017(平成29)年秋場所で新入幕を果たした。2019年の夏場所では令和初の平幕優勝を飾り、地元を大いに沸かせた。「どんどん出世していき、旗やら看板やらを作るのが追い付かなくなった」と長谷川さんは笑みをこぼす。
「太刀の岩」がある祈願所には星取り表や朝乃山グッズも。休憩所としても機能
朝乃山の白星を願うオリジナル祈願所には、横綱・太刀山にあやかるべく「太刀の岩」と命名された、樹齢500年は下らない見事なトチノキが鎮座する。長谷川さんいわく「朝乃山は太刀山に体格が似ている」。偉大な大先輩の後に続くことはできるのか。いざ大関・貴景勝との一番を、長谷川さん、妻・千恵美さんと共に見守った。
「うおっ! おっ、よっしゃ! とったとった! くっくっ……おおー!やったー!」
「わー! ばんざーい! ばんざーい!」
立ち合いから押し込まれつつも、左まわしを引いて前に出る。まわしから手を外してしまった後も、体全体で圧をかけ貴景勝を土俵外へと押し倒し。朝乃山はみなぎる気迫で貴重な白星を挙げた。貴景勝を気迫で押し倒した朝乃山に歓喜する長谷川夫妻
妻・千恵美さんの似顔絵を披露する愛妻家の長谷川さん
「毎日ドキドキしていた。朝乃山のご両親も緊張していたと思う。今日はよく眠れそう」と千恵美さんは安堵(あんど)する。長谷川さんは「大関昇進はいけるだろう。勝ち星よりも、安定した取り口が評価されるはず。前日の横綱・鶴竜との一番も、負けはしたが内容自体は良かった」と話す。その手元のスマホには、朝乃山の勝利を祝う仲間からのメールが次々と舞い込んだ。そして朝乃山が勝った時のみ点灯するというイルミネーションにも鮮やかな光がともった。
ピンク色に輝く太刀の岩
その後、横綱同士の大一番に熱狂し、44回目となる白鵬の優勝を見届けた。「35歳の白鵬は引退してもおかしくない年齢。でも技術にしても集中力にしても、まだまだいける。特別なセンスと身体を持っているのだと思う。朝乃山にとっては、まだまだ高い壁だろう」。長谷川さんは横綱・白鵬に賞賛を贈った。
左から稀勢の里、栃ノ心、白鵬、朝乃山
朝乃山よりも白鵬を描くほうが似ている長谷川さん
長谷川さんは朝乃山応援団のほかにも、交通安全運動や外国人留学生への日本文化の紹介、ホタルが集まる環境の整備など幅広い慈善活動に取り組んでいる。児童養護施設の子どもたちの前では自ら関取の着ぐるみをまとい、朝乃山の弟弟子「昼寝山」なるキャラクターを登場させた。「阿炎(あび)」「阿武咲(おうのしょう)」といった難解な四股名当てクイズも編み出し、相撲の魅力をユニークに伝え続けている。「今度は子どもたちに横綱の土俵入りを教えようと思っているので、横綱の両隣にいる『露払い』と『太刀持ち』を作成している最中。両隣を棒でくっつければ、一人三役できる」と長谷川さんは意気込む。
相撲ファン以外には難読すぎる「阿武咲(おうのしょう)」
露払い役と太刀持ち役、絶賛作成中!
さまざまなフィールドで、豊かなクリエーティビティーを発揮する長谷川さんの原動力は何か。「自分だけが楽しんでいるのではつまらない。みんなが楽しめて、喜んでもらえるようなことをやっていきたい。実力もあって運も強い朝乃山が、これから大関、横綱へと上がっていけば、何かを作らなくてはと次々にやる気が出てくる。朝乃山はこの4、5年で、夢をどんどん現実にしていった。自分たちも応援しがいがある。来場所も十勝以上挙げて、大関から横綱になれるよう頑張ってほしい。また新しいのぼりの構想を練りたい」と意欲を見せる。
「大関の名に恥じぬよう相撲を愛し、力士として正義を全うし一生懸命努力する」。伝達式の口上で、中学の頃からの座右の銘「一生懸命」を取り入れた朝乃山。その決意を聞くに、長谷川さんが描く雲竜型の土俵入りが現実になる日も、そう遠くはないかもしれない。