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富山・高岡市出身の漫画家・鶴谷香央理さんインタビュー 「メタモルフォーゼの縁側」原作者

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 さえない女子高生・うららと、夫に先立たれた独り暮らしの老婦人・雪による、BL(ボーイズラブ)漫画を通じた58歳差の友情を描く「メタモルフォーゼの縁側」。「THE BEST MANGA 2019 このマンガを読め!」(フリースタイル)1位、「このマンガがすごい!2019 オンナ編」(宝島社)1位などを受賞し、話題を呼んだ同コミックが芦田愛菜さん、宮本信子さん共演で映画化された。原作者は高岡市出身の漫画家・鶴谷香央理さん。映画公開を記念し、6月19日に「JMAX THEATER とやま」(富山市総曲輪)で鶴谷さんのトーク&サイン会が行われ、ほぼ満席となる約120人が駆け付けた。自身初の単行本が映画化された鶴谷さんに話を聞いた。

<CAP>器が好きだという鶴谷香央理さん。民芸品店「林ショップ」(富山市総曲輪)でお買い物

――原作者として映画「メタモルフォーゼの縁側」をご覧になった感想をお聞かせください。

 とても丁寧に作ってくださっていて、理想的な映画化だと思いました。原作が地味なので、漫画や同人誌のことをそんなに知らない人が見ても伝わるのか不安もあったのですが、そこは両方の人が見ても楽しめるように、本当に上手に作ってくださったなと思います。うららさんが芦田愛菜さん、雪さんが宮本信子さんに決まったとお聞きした時は、めっちゃうれしかったですね(笑)。雪さんとは全然違うキャラクターではあるんですけど、朝ドラの「あまちゃん」で夏ばっば役をやってらした宮本さんがすごく好きで。宮本さんと芦田さんなら絶対に間違いがないと思いましたね。

 芦田さんのうららという役柄にしても、引っ込み思案という性格を過剰に表現するでもなく、何かのテンプレートみたいなキャラになるでもなく、丁度いい「もっさり感」というか(笑)。芦田さんって嗅覚みたいな感覚的なところと、考えて理論で解釈するところがピタッてくっついている方なのかなって思います。すごいですよね。

<CAP>うららと雪が歌う主題歌「これさえあれば」はT字路sの楽曲。(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

 映画にはし辛いシーンを細やかに工夫して取り入れてくださった

――狩山俊輔監督、河野英裕プロデューサー、脚本家の岡田惠和さんをはじめ、映画に携わった方々の原作に対する愛情を感じました。

 私もそれはとても感じました。脚本の段階でも丁寧に描いてくださっているなと感じてはいたのですが、実際に作るとなるとまた全然違いますよね。撮影期間(2021年夏)はコロナの真っ只中で、しかも東京オリンピックがあったので、ハードなスケジュールでとても大変だったと思うんです。きっと準備もたくさんしてくださったんだろうなって。全5巻の内容をうまく2時間に収めてくださったなと思います。

 例えば、うららさんが植木鉢から鍵を探して雪さんの家に入るシーンがあるんですけど、原作では何てことのないシーンを何ページも積み重ねて描いてるんです。だから映画にし辛い部分だったんじゃないかと思うんですけど、プロデューサの河野さんが「うららが一人で雪の家に入っていくシーンをやりたいんですよね」って仰って、工夫して取り入れてくださったんです。雪さんの過去や終活をしてるのが分かるような、印象深いシーンになってましたね。脚本も編集もすごく細やかにやってもらったなと思います。

――ブルースデュオ「T字路s」による劇伴音楽と主題歌「これさえあれば」も素晴らしかったです。意外性がありつつもマッチしていました。

 本当にそうですよね。私の描くキャラクターからすると、もっとほんわかしたイメージの音楽が選ばれそうだなと思うんですけど、いい意味での違和感というか、T字路sさんの意外性のあるかっこいい音楽が良かったですよね。「これさえあれば」は元々T字路sさんの曲なんですけど、うららさんと雪さんが歌ってくださって。芦田さんも宮本さんも、歌、めっちゃお上手でしたよね。 主題歌に関しても「とってつけたような感じにはしたくなかった」とプロデューサーの河野さんが仰っていて、そこもうれしかったですね。

――本作はBLを通して、女子高生うららと老婦人の雪が友情を育んでいきます。鶴谷さんにとっては初の単行本ですが、この作品を描こうと思ったきっかけをお聞かせください。

 私自身、BLが好きですし、いろいろと考えることもあったので描く材料は多いだろうなと思い、BLをテーマに漫画を描くことにしました。企画の段階ではBLの世界をガッツリ描くつもりだったんですけど、キャラクターが決まってからは、あまりプロットを最後まで決めないで描き出しました。J.GARDEN(BLや耽美系のJUNEを中心とした同人誌即売会)やコミティア(同人誌即売会)といったイベントを描くことは決まっていたんですけど、描いていくうちにこのキャラクターだったら、BLにフォーカスするような掘り下げ方ではないなと。自分が長い連載をやったことがないっていうのもあるんですけど、私がコントロールするというよりは、キャラクターの行きそうなところに行くって感じになりましたね。

 後はコミティアがものすごく好きなので、それは描きたいなと。会場の雰囲気とか、出るのに勇気がいるとか、いざ出てみたら楽しかったなとか。これは必ず描いておきたい、価値のあるものだと思っていたんですね。映画の中にもコミティアのシーンは出てくるんですけど、監督が「イベントのシーンは入れたかった」って仰ってたみたいで。コロナ禍の撮影で大変だったと思うんですけど、実際にやってくださって感動しましたね。 

<CAP>映画公開に合わせ発売された「メタモルフォーゼの縁側 映画記念BOXセット」カバーイラスト

 がっかりした自分を同人誌活動が救ってくれた。諦めるのはもったいないと思った

――鶴谷さんご自身もコミティアに出店したことはあるんでしょうか。

 最初は個人で出て、2回目はウラモトユウコさん、オカヤイヅミさんと一緒に出ました(同人サークル「しりとりコ」)。最初は右も左も分からなかったんですけど、ウラモトさんとオカヤさんと出た時は、2人が人気者なので作品がどんどん売れて、めっちゃ楽しい!ってなりました(笑)。

 私は2007(平成19)年に「おおきな台所」という作品で受賞(「ちばてつや賞」準大賞)して、それが「モーニング」誌に載って一応デビューにはなるんですけど。それからは読み切りが1回載っただけで、10年ほど連載ネームが通らなかったんですね。10年って、すごくのんびりしてるなって感じなんですけど(笑)。アシスタントをやっていたらいつの間にか10年たっちゃって、自分に結構がっかりしたんです。その時に周囲の漫画家さんたちが「とりあえず軽い気持ちで同人誌、出したら?」って言ってくれて、それで一緒にコミティアに出ました。あれは頑張ろうって思えたきっかけですね。目の前でパラパラってめくってくれて、買ってくれる人がいることはすごくうれしかったです。描くことを諦めるのはもったいないなって思いましたね。がっかりした自分を同人誌活動が救ってくれました。

<CAP>書店でバイトするうららは「絵がキレイだから」とBL漫画を購入した雪と出会う。(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

――コミティアもそうですが書店などの不特定多数の人が行き交う場所が、本作の主要舞台になっています。他者と出会うということの必要性を、鶴谷さんは描いてらっしゃるように思います。

 そうですね。例えば特にしゃべったりすることがなくても、その後に深い関係ができなかったとしても、単にすれ違っただけの人とか、店員さんとお客さんという関係だけでも、何かこう受け取るものってあるじゃないですか。そういう部分は漫画を描くうえで、自分にとっては結構大きいかもしれませんね。

――原作でも映画でも、うららさんと雪さんが「さん」付けで呼び合っています。互いに距離を保ちつつも尊重しあっている感じがしましたし、ラストも2人らしくサッパリとしてましたね。

 年齢差がありますから、すごく仲良くはならないだろうなって。どういう形であれ2人はいずれお別れするだろうし、58歳差なのでそういった別れも起こりやすいと思うんですよね。うららさんにとって雪さんはかけがえのない存在ではあるけど、高校生同士で仲良くなるみたいな感じとは絶対に違うだろうなと思ったので、そこは踏み込みすぎないようにしました。

 あと自分の周りにいたお年寄りの人って、若い人のためになることをしようって思う人が多いように見えたんですね。本心は別にあったとしても、「若い人が言うなら」って選択することもあるんじゃないかなって。それであんな感じのラストになりました。

――連載の途中からコロナ禍に突入してしまいましたが、作品に影響はありましたか。

 連載も終盤だったので、作品に直接の影響はなかったんですけど、作家としてはとにかく衝撃を受けました。自分はやっぱり人に会って、感触というか手触りみたいなところで描いている方なので、それがなくなるということは絶望というか……えっ、どうしたらいいのっ?て感じでしたね。それって自分ひとりだけじゃなくて、世界中の人が同時に受けたことだったじゃないですか。同じような気持ちだったと思うので、映画の中でも直接的なコロナの描写はありませんが、描かれている閉塞(へいそく)感とか、思うようにいかないなという部分は、見る人にきっと伝わるだろうなとは思いました。

<CAP>人気BL作家・コメダ優を古川琴音さんが演じる (C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

 人気作家だからといって、高校生が初めて描いた漫画に影響を受けないわけがない

――うららさんと雪さんをつなぐBL漫画「君のことだけ見ていたい」の作者・コメダ優先生役を、古川琴音さんが演じていらっしゃいます。古川さんの演技もとても印象深かったです。

 ひとりで部屋で椅子に座って同人誌を読んでるシーンのところ、せりふもない短いシーンですけど、すごく気持ちが伝わってきましたよね。自分が描いているキャラクターに話しかけるシーンでも、漫画ではモノローグでしたけど、映画では実際にセリフとして声を出しているのでとても難しいと思うんです。でもすごく良くて、古川さん、演技が上手すぎるだろう!って思いました(笑)。

 私も漫画を描いている時は、キャラクターにずっと話しかけてますね。自分が詰まってた時、友達の漫画家さんに「描けないんだけどどうしたらいい?」って相談したんですけど、「キャラにインタビューしたらいいよ」って言われたんですね。例えば……(実際に描きながら)うららさんの絵をこうやって簡単に描いて、作者の私が「最近どう?」って聞いて、うららさんが「いや別に」「勉強してる」って答えたものを吹き出しに書いたりして。それでだんだん深いことを聞き出していって、という感じですね。謎のカウンセリングみたいなことをキャラごとにやってましたね(笑)。

 古川さんがパンフレット内のインタビューで、「ファンにかつての自分を見て活動者は初心を思い出す」って仰っていて、まさにそうだなと。コメダ先生みたいな人気作家だからといって、高校生が初めて描いたような漫画に影響を受けないかって言われると、絶対にそんなことはないと思うんですよ。自分もコミティアに行って、大量に本を買ってはいつも大感動してますし、逆の立場でもそうだと思うんですね。そのことは描きたかったし、映画にもちゃんと描かれていてうれしかったですね。

<CAP>トーク付き上映会の後のサイン会には長蛇の列ができた

<CAP>老舗書店「文苑堂」が出張販売。高岡店に寄せた鶴谷さんのイラストが飾られていた

<CAP>今回のサイン会に持ち寄ったBOXセットは即完売したという

――鶴谷さんご自身もファンの方に励まされることはあるのでしょうか。

 めちゃくちゃ、あります。私、読者の方から頂いたアンケートはがきがとにかくもう大好きで、アンケートをやって超良かったなって思ってるんですけど(笑)。ラジオの投稿みたいな感じで、特別に変わったこととか大きい出来事とかじゃなくて、「そういえば友達とこんなことがあって」みたいな身近な話がいっぱい届いたんですね。それがうれしくて。やったぁ!みたいな感じで、あれは役得でしたね(笑)。

<CAP>一人一人に時間をかけてサインする鶴谷さん

――コメダ先生の「君のことだけ見ていたい」は、今回の映画化に際し、BL作家・じゃのめさんが作画を手がけておられます。うららさんが初めて描いた同人誌「遠くから来た人」は鶴谷さんご自身が描かれています。2つの作品がスクリーンに映し出され、映画ならではの演出が心に響きました。

 じゃのめさんが描いてくださった咲良くんが、うららさんと部屋の壁越しに向かい合うところは印象深いシーンですよね。実写とアニメーションが合わさったシーンで、とてもこだわってくださったみたいで。じゃのめさんから聞いたんですけど、最初は本当の等身に合わせて、うららさんがこれぐらいなら男性の咲良くんはこれぐらいだろうって、咲良くんが大きくなるように描いてたそうなんです。でも狩山監督が「これは鏡みたいなものだから2人は同じくらいの大きさにしてください」って仰ったそうなんです。

――うららさんにとって、自分自身を見つめる鏡が咲良くんということなんですね。

 監督、めっちゃかっこよくないですか(笑)。そういう細密な部分も含め、トーンが薄暗い感じとか、音の効果にもグッときて。私自身も原作で大事に描いていたシーンだったので、あそこは映画の中でもかなり大好きなシーンですね。ほかにもこのシーンだったらこういう撮り方にしようっていう工夫が一つ一つにあって、原作者として感動しました。このチームに撮ってもらって良かったなって思いました。私はもう5、6回は映画を見てるんですけど、見る度に発見がある作品です。1回見た方にもぜひ2回目も見ていただきたいですね。

<CAP>JMAXの入り口付近にはグッズや原画、ストーリーボードなどが飾られている

 映画「メタモルフォーゼの縁側」は、「JMAX THEATER とやま」「TOHOシネマズ ファボーレ」で公開中(7月14日まで)。コミック「メタモルフォーゼの縁側 映画記念BOXセット」(3300円/KADOKAWA)発売中。

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